キン肉マンという作品史上、最強の人気を誇るのではないかと思われる超絶モテ超人! その人気を考察するシリーズの最終回は、彼はいったい何者だったのかを解き明かす!

| 出身 | イギリス |
| 超人強度 | 117万パワー |
| 必殺技 |
ビッグベン・エッジ |
| 主な戦績 | チヂミマン○ レゴックス○ イリューヒン○ キン肉万太郎○ デモリッションズ● デモリッションズ○ ファイブディザスターズ○ |
『キン肉マン』というシリーズ作品における“不動の人気者”であり、“稀代の色男キャラ”という名をほしいままにしているケビンマスク。
なぜ彼がこんなにも読者を魅了し、かつ愛されているのか。その秘密を以下の6つの項目に分けてシリーズ解説をしていきたいと思います。
- ケビンマスク1-その圧倒的ビジュアル~ファッション編
- ケビンマスク2-その圧倒的ビジュアル~漆黒のヨロイ編
- ケビンマスク3-その陰りあるパーソナリティ
- ケビンマスク4-陰りあるパーソナリティを形づくる正体
- ケビンマスク5-“無敗伝説”という特別なる格闘ステイタス
- ケビンマスク6-ケビンマスクとは何だったのか
前回の「その5」では、彼の“無敗伝説”をつかさどる格闘スキルや特性にフォーカスし、彼には無敗という至高ルート一択しか存在しなかったと結論づけました。
今回はケビンマスク考察の最終回、1~5回の総まとめとして“ケビンマスク6-ケビンマスクとは何だったのか”という大きなテーマに対する私の所感を述べさせていただくことで、彼についての考察の締めくくりとさせていただきたいと思います。
ケビンマスク6-ケビンマスクとは何だったのか
結論
いきなりですが、結論から書かせていただきます。ケビンマスクとは
これが私の結論です。いや、リアルタイム時に読んでいて漠然と感じていたこと、そして今回彼を5回にも渡って深掘り考察をした結果を鑑みるに、これしか答えが出てこないんですよ。
おそらくですが、この結論を聞いて

それ、私も思ってた!!
と共感してくださる方は多いのではないでしょうか。まあ一度も統計をとったことがないので、エビデンスはゼロですけど(笑)。ただね、なんとなく肌感覚というか、直感で。
まあ直感というのもなんなので、彼が主人公たり得る要件を満たしているか、客観的に確認してみましょう。
格闘マンガの主人公要件とは
まずは格闘マンガの主人公になるには、どのような要件を満たしていなければならないのか。その要件定義を客観的に導き出してみます。
そのために昨今流行のAIツールであるChatGPTを利用してみました。AIさんに

格闘マンガにおける主人公の要件を5つ挙げて!
と質問をして、要件定義を5つほど抽出してもらいます。

その結果、導き出された主人公の要件は
- 強さ: 主人公は強い格闘技の使い手であることが求められます。
- 熱血: 主人公は熱い闘志を持ち、敵に立ち向かう勇気を持っていることが求められます。
- 成長: 主人公は物語の中で成長していくことが求められます。
- 人間味: 主人公は人間的な魅力を持っていることが求められます。
- カリスマ性: 主人公はカリスマ性を持っていることが求められます。
の5つでした。
これ…ひとつずつ検証する必要、あります? ないですよね(苦笑)? とくに要件5なんて、規定値を大幅に超えるくらい満たしているし(笑)。
この客観的な検証からも、彼が主人公に値するキャラクターであることが証明されたわけです。

いやいや、この要件に当てはまる脇役だって、たくさんいるぜ?
確かに。おっしゃる通りです。特に最近のキン肉マンでは、脇役にも手厚い活躍シーンがあるので、上記の条件を満たすキャラは他にもいそうですよね。
ですので、ケビンが主役であるための、もう一歩踏み込んだ証拠を私が補足することにします。といっても、これまで考察してきた1~5の焼き直しなんですけどね。
補足1 二人の作者から多大なプロデュースを受けている
彼は黒いロングコートをまとった私服時、そして漆黒のヨロイ装着時において、そのデザインと小物について、濃密なプロデュースを嶋田・中井両先生から受けています。
ここまで濃密に、そして時間をかけたフォルム制作を作者に施された超人は、多くの超人の中でもおそらく彼だけなのではないかと思われます。
ゆえに彼は主人公のキャラメイキングと遜色のない扱いを、ゆで先生から受けていたと言えるのではないでしょうか。

補足2 独立した個性を持っている
これは彼が“濃厚な2号感”を身にまとっていることが大きな理由となります。
考察の3でも書きましたが、この“2号感”という表現は「2番手」という意味ではなくて、主役とは別個の次元で個を確立している特別キャラ、というイメージです。
言うなれば東の横綱に対する西の横綱という立ち位置でしょうか。つまり彼は正主人公たるキン肉万太郎に従属しているキャラではなく、
として描かれている点で、主役級であるといえるのです。

補足3 オフシーン描写が多い
彼は万太郎には及ばないかもしれませんが、オフシーンの描写が多く割かれた超人だともいえます。
ここでいう“オフシーン”とは、格闘シーン以外の描写、つまりトレーニング、修行、特訓といった“成長のための努力シーン”のことを指しています。
特に彼は作品中で格闘描写が始まった時からトレーナーたるクロエが側についていたため、オフシーン描写が他のキャラと比較して段違いに多いキャラとなりました。
成長の過程を読者が一緒に体感できるキャラを主役と言うのであれば、彼は十分にその要件を満たしていたといえるわけです。

補足4 エクストラパワーを与えられた
彼はゆで先生より『メイルストローム(大渦)パワー』というエクストラパワーを与えられたことにより、主人公だけが持つ“一発逆転のカード”という切り札を所持するという破格の待遇を受けました。
この個性は『火事場のクソ力』を持つキン肉万太郎の個性と遜色がないことを意味しており、ケビンが主人公ステイタスの核ともいえる要件を満たしたと言っても過言ではないでしょう。

補足5 正主人公を倒し無敗設定を与えられた
格闘マンガの主人公って負けないじゃないですか。特に少年誌の場合は。無敵であることが主人公たる所以と言いますか。
その法則でいくと、万太郎という正主人公を撃破し、なおかつ無敗設定を与えられた彼は、主人公ではないのでしょうか(笑)? いや、主人公ですよねぇ?

以上の補足からも、彼が作品の主人公、もしくは主人公級のキャラクターであることは明白であると、個人的には感じているんですよね。
ダブル主演という作品性
では『キン肉マンⅡ世』という作品のタイトルを『ロビンマスクⅡ世』と変えたときに違和感がないかと考えると、さすがにそれは違和感があります(苦笑)。

ですので、作品の主人公はあくまでキン肉万太郎なのですが、彼をサイドAの主人公とした場合、その裏面、つまりサイドBの主人公こそがケビンマスクだったのではないかと感じているんですよ。
それを陰陽という観点からみれば、陽の主人公がキン肉万太郎であり、陰の主人公がケビンマスクであるわけです。万太郎が太陽であるならば、ケビンは月です。それは彼ら二人のパーソナリティを如実に表してもいるんですね。
つまり彼らは表裏一体の関係性を持つニコイチの主人公である、という表現が一番しっくりくるでしょうか。

そう考えると『キン肉マンⅡ世』という作品は、ダブル主演の作品にカテゴライズされてもいいのかもしれません。
ケビンの役割とは
では作品における陰の主人公であるケビンマスクの役割とは何だったのでしょうか。私が思うに、彼の役割は
だったのではないかと感じています。
先ほど書いたように、キン肉万太郎は作品の陽であり光です。これは間違いがありません。ただし光はそれ単体ではまぶしすぎて、そのアウトラインが見えづらいという欠点があります。
そこでその欠点を解消するために、ゆで先生が用意した陰(影)のキャラこそがケビンマスクだったのではないでしょうか。
その証拠に、彼のキャラ設定はわかりやすいほどに万太郎と正反対です。

このように、光の主人公である万太郎と見事なまでに対となる影のキャラクターにケビンを設定したんですね。
ゆえにケビンのキャラクターというものは、1~5の考察でも書いてきたように、多分に“ダークヒーロー然”とした趣を持つに至ったわけです。
そして光のキャラ・万太郎のあらゆる行動に対して、その影であるケビンと終始比較させることで、万太郎のキャラクターはアウトラインがよりはっきり浮かび上がり、その人間性に深みが増した状態で読者に届けられたのではないでしょうか。

でも…なんだか万太郎の黒子扱いみたいでイヤだわ…
まあまあ、落ち着いて。お気持ちはよくわかります。
実のところ、この比較表現法は一方通行ではなくて、両面通行なんですよ。決して「光→影」という方向性だけではなくて、「光⇄影」というインタラクティブな方向性なんです。
つまりケビンが万太郎の黒子であるならば、万太郎もケビンの黒子となりうるわけです。もっと言うならば、この恩恵を一番受けたのは、実はケビンマスクの方だったとも言えるのです。
それは過去の人気投票におけるぶっちぎりの得票数、そして何よりも私が書いてきた考察で証明されているじゃないですか(笑)。
言うなれば彼は

ボクの方が目立つんだ!

いやいや、オレだ!
といったような、表裏一体のキャラのアピール合戦において、表の万太郎に打ち勝った部分も多々あったキャラ、とも言えるのではないでしょうか。
同一始点がもたらす演出効果

ケビンが万太郎の正反対設定のキャラだってのはわかったよ。
でも真に正反対にしたいのならば、生まれと育ちも正反対のキャラをあてがった方がよかったんじゃない?
前作のフェニックスみたいにさ、もっと貧乏でハングリーな感じの
なるほど。たしかにそれは一理ありますよね。万太郎とケビン、二人とも境遇はお坊ちゃんで、同等ですもんね。
ただ私はこの生まれと育ちという、
という点こそが、この二人の表裏一体キャラという関係性にすこぶる大きな意味があり、キャラ設定の肝ですらあると感じているんですよ。
そしてそれは

ゆで先生、構成がうますぎる…
と、その作品作りの手腕に舌を巻いている部分でもあるんです。

…? どういうこと?
ですよね。ですので、私の感じたことを以下にもう少し噛み砕いてお話しますね。
先ほど話に出たように、正反対キャラを作成するならば、その出自から徹底的に正反対にした方が、キャラ同士のギャップがでやすい気はします。
星飛雄馬に対する花形満のような関係性ですね…ってちょっと古いか。まあいいや(苦笑)。
このような関係性ですと、物語の主軸は下克上というか、マイナス起点のキャラがプラス起点のキャラに肉薄する、そして追い越すという、カタルシス的なストーリーで読者の支持を得ることになります。

つまり“先天的なステイタス”がそのストーリー構成に大きな影響を与えているわけです。
それはそれでとても面白いのですが、この『キン肉マンⅡ世』では下克上をテーマにしているのではなく、
を物語のテーマにしているのです。
つまり『キン肉マンⅡ世』という作品は、両者の生き様の違いで後天的に両極に分かれてしまった二人の若者が、それぞれが持つ価値観の相違について時には反発し、時には理解しあいながら、お互いを高めて成長していく物語だと思うのです。
それはゆで先生が常々公言されている
という正義超人の矜持を、二人の若き超人がお互いに反発しあいながらも、多くの時間をかけて少しずつ体現していく物語だった、とも言えるのではないでしょうか。
そんな物語において、二人のキャラの出自の始点を
- 王族 or 貴族
- お坊ちゃん
- 親父が偉大
と、限りなく等しい設定で合わせたという手法は、かたや陽の当たる王族のボンボン、かたや闇落ちした陰りある貴公子と、その後枝分かれした二人の境遇差をより際立たせていたと思います。

同じ条件だったのに、数年でこんなに違いがでちゃって
という効果ですかね(笑)。それにより、両者のギャップがとてもわかりやすくなり、かつ価値観の相違の交錯が、よりドラマティックになったのです。

この設定技法の巧みさに気づいたからこそ

ゆで先生、構成がうますぎる…
と、私はゆで先生を絶賛評価しているんですよ。
そしてこの設定がもたらした結果として、『キン肉マンⅡ世』というタイトルは単なる
という個人を指し示す狭義な意味だけではなく、
という広義な意味を持つに至ったのではないかな、とさえ感じております。
キッドが落選した理由とは
このように考えていくと、テリー・ザ・キッドが万太郎の表裏一体キャラの座を手にできなかった理由がよくわかるんですよ。
前作のスグル&テリーの関係性を考えれば、万太郎に対する正パートナーはキッドであろうと、誰もが直感するはずなんです。
しかし実際にその座は残念ながらケビンマスクのものになってしまった。その大きな理由が

キッドだと万太郎との始点が合わないから
だとすれば、とても明確な理由になるんです。
つまりキッドは万太郎と始点を同じくするための必要条件ついて
王族 or 貴族お坊ちゃん- 親父が偉大
と、上の二つが合致しないんです。これですと

同じ条件だったのに、数年でこんなに違いがでちゃって
という井戸端会議が発生しないので(笑)、彼は残念ながら落選してしまったわけなんですね…あくまで私の仮説ですけど(苦笑)。
ザ・坊っちゃんズの秘密
以上のように、ケビンマスクとは
だったという結論を、5つの考察から私は見出しました。
そして私はここであることに気づいたのです。
始点を同じくしながらも、正反対の道を歩んできた万太郎とケビンがぶつかり合い、理解し合って培った最終形態こそが、『ザ・坊っちゃんズ』というタッグチームであることに。

そりゃそうだけど…それが一体何だってえの…?
お気づきになりませんか? 彼ら二人は、同じ始点から枝分かれしたあと、紆余曲折を経て揺るぎない信頼と友情を得たタッグチームとなり、物語は大団円を迎えたんですよ。
つまり彼らの終点は『ザ・坊っちゃんズ』と言ってもよいわけです。
このように、二人のタッグで物語が完結するということこそが、二人が表裏一体のニコイチ主人公キャラであったことを、明確に指し示していると思いませんか?
そして彼ら二人が長い旅路の果てにお互いを認め合った証を『ザ・坊っちゃんズ』というチーム名とするならば
- 始点…坊っちゃん
- 終点…坊っちゃん
と、お互いの始点ステイタスである坊っちゃんに、終点で肩を並べて回帰したとも言えるのです。
そう考えると『キン肉マンⅡ世』という作品は
だったのではないのかな、なんて思ってしまいました。

そしてそれは、『ザ・坊っちゃんズ』というチーム名こそが、上記仮定を見事に証明していたのではないかと、個人的には感じています。
ゆで先生の認識は
以上、ケビンマスクとは主人公であったという持論を展開してきましたが、作者であるゆで先生は彼をどう認識しているのでしょうか。
それについての明確な発言やインタビューを見たことがないので、あくまで想像ですが、ちょっと考えてみたいと思います。
まず大前提として、ゆで先生が『キン肉マンⅡ世』の連載が決定したときに、はじめから万太郎とケビンのダブル主演を企画していたのか、という謎があります。
例えば他のダブル主演作品である『DEATH NOTE(デスノート)』は、おそらく夜神月とLのダブル主演ありきで企画された作品だと思われます。
それは連載初期から、ライトとエル双方のオフシーンや心理描写が近しい配分でフォーカスされていたことからも予想がつくわけです。
その視点から考えると、ケビンマスクは連載の初期から登場しましたが、オフシーンを描く描写が増えたのは、明らかに超人オリンピック編からでした。
つまりゆで先生は、連載開始時においては彼をもう一人の主人公として動かすつもりはなく、

万太郎と正反対のキャラがいたら面白いだろうな
くらいの感覚で、ケビンマスクのキャラ設定をしたのではないかと思われます。
ただ彼の外見上のプロデュースだけは

とにかくカッコよくしてやろう
という確固たる意志はあったのかもしれませんけどね。
そんなスタンスでの扱いだったはずが、いざ連載を重ねると、ゆで先生の想像をはるかに超えた“ケビン熱狂”が起きてしまった。
よって超人オリンピック編にて彼を活躍させるストーリーを紡いだ結果、最終的には正主人公であるキン肉万太郎すらも撃破してしまうという、ゆで先生自身も驚くような結末となってしまった。
このような流れが実際の所なのではないのかと思うのです。
ゆえにゆで先生はケビンマスクを主人公として動かしている意識はあまりなく、作品が終了してあらためて俯瞰して初めて

そやな、主人公だったかもな
と認識するお立場だったのではないかな、と思いますね。
つまりその認識過程は我々読者の認識過程とそこまで差異がないような気がするし、“あらためて考えるとたしかに主人公だったよね派”に所属されるのではないかと予想しています(笑)。
おわりに
以上、ケビンマスク考察の最終回“ケビンマスクとは何だったのか”についての、私の雑感でした。
そして全6回にわたる彼の考察に長らくお付き合いいただいた方々には、深く感謝申し上げます。はたして彼の魅力や特性がきちんとお伝えできたのか不安ではありますけどね(苦笑)。
ただつぶさに彼を深掘りして感じたことは

これは…憧憬されるべく生まれてきたキャラクターだな…
という感覚でした。もうね、調べれば調べるほどそうなっちゃうのよ(苦笑)。

こりゃ人気出ない方が難しいって
みたいな(笑)? その結果、連載が終了して干支が一回りするくらい年月が経過しているにもかかわらず、彼には数多くの熱いファンが存在するのです。
そしてそのような様子を見るにつけ、彼のような完全無欠に近い憧憬キャラを作り上げたゆで先生に対し、あらためてそのキャラクターメイキングの妙に唸ってしまったわけですね。
だって強いて欠点をあげるとすれば、オムツめいた尻パッドと、「ギタギダ」という謎のフレーズだけですから(笑)。
そんな“キャラクターの神の落とし子”たるケビンマスク。たとえ連載は終了したとしても、その憧憬は消えることなく、これからも読者を魅了し続けるのでしょうね。ではまた。
※今回は高野さん、ぽんさん、サクラギさん、尾崎さん、愛知県26歳さん、myさん、yoshidaさん、K.JAGUARさん、TKマンさん、後藤さん、ケビンマスクさんほか、たくさんの方からリクエストをいただきました。ありがとうございました。
【リクエストはこちらから】
コメント
6回にわたりお疲れ様でした。
考察について異議を唱える点はほとんどありません。ただ『Ⅱ世』という作品の完成度自体を考えると、他のキャラクターも、ゆで先生がもっと時間とエネルギーをかけて掘り下げれば、もっと魅力は出たのではないかなというキャラクターが沢山いるので、その点でも『Ⅱ世』は惜しかったなぁというのが私の感想です。そしてその場合にもケビンが突出しているのかどうか、私にはわかりません。『Ⅱ世』という全体として——個人的には——消化不良が多かった作品において、完成度が高かったのがケビンマスクであるというのが私の評価です。
たけさん、こんにちは。
長らくお付き合いいただきありがとうございました。毎回読んでいただけたことが嬉しいです。
そしておっしゃるように、ケビンのキャラにウェイトを置きすぎて、他のキャラの表現時間が少なかったとのご指摘、一理あると思います。おそらくですが、ゆで先生的には究タでケビンがずっとお休みしている時間をそこに充てたいと思っていたのかなあ、なんてことも感じました。
やっぱり主人公に勝つような強力すぎるキャラは新シリーズ(タッグ)になると使いづらかったんでしょうね。古くは『るろ剣』の比古清十郎とか『キャプ翼』の翼・岬・若林の南葛トリオとか、『キャプ翼』のこの3人なんかはいつもなんらかの理由をつけて完調じゃなくしたり、試合に出れなくしてましたからね。でも、トーナメント決勝戦になると揃う、そして負けない、と。その意味では最後が坊ちゃんズになるのはある意味予想された展開でした(カオス可哀想)。
たけさん、こんにちは。
一番人気のケビンを数年に渡って封印するというのは、作家としてはかなりの我慢が必要だったと想像しますね。言うなればすぐにでも人気があがるカードを、ずっと手元に置いておいたわけですから…。
ただその期間で、様々な超人を多数表現できる隙間ができたのかな、とも思います。ケビンが出ると、全部持っていってしまう可能性がありますからね(苦笑)。