『キン肉マン』539話では、激闘の果てにロビンマスク、ウォーズマン、ペシミマンがそれぞれ異なる”友情”の答えへとたどり着きました。ロビンの不器用すぎる謝罪、ウォーズマンが証明した「闘いとは分かり合うこと」という信念、そして敗北したペシミマンが最後に手にした”友情という宝石”――。
なぜロビンの謝罪はどこか”偉そう”に映ってしまったのか?
なぜウォーズマンはペシミマンを「友情パワーの持ち主」と断言できたのか?
なぜペシミマンは”友情という宝石”を手にすることができたのか?
今回は「ロビンの謝罪」「友情の証明」「ペシミマンの自己変革」という3つの視点から、『キン肉マン』539話が描いた”友情とは何か”を徹底考察します。
今週の注目ポイント
この記事にはキン肉マン週プレ最新話539(2026年7月27日配信分)の感想が記載されています。つまりネタバレ確実なため、十分ご注意ください。
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今週のキン肉マン第539話「友情とは……!?」感想と考察
前回までのあらすじ
ファイナルスタンディングデュエルマッチで行なわれたロビンマスクvsペシミマンのエクストラマッチもついに決着!
ファイヤーバードのオート機能を逆手に取り、ペシミマンの必殺技・ララミージャンゴから脱出したロビンマスク!!
するとロビンマスクは、必殺の「タワーブリッジ ネイキッド」で最後の勝負に出る。さらに、激しく抵抗をみせるペシミマンに対し、タワーブリッジネイキッドの体勢のままリングに落下する荒業「逆タワーブリッジネイキッド」で見事ペシミマンをKOした――!! 前回の感想は☞https://oreryu.site/kinnikuman15-125/
ロビン流謝罪術―“無自覚の逆なで”という彼らしさ
劇的な勝利をあげたロビンに対し、“ロビンコール”という惜しみない称賛を与える観客。そんな中ウォーズマンはすぐにリングインし、ペシミマンの背にコートをあてがって圧迫止血の応急処置に入ります。
このあたり、激戦を共に闘った二人の絆の深さを感じさせながらも、将来的にケビンマスクのセコンドとして負傷した彼を気遣うクロエの姿がダブりますね。“圧迫止血”という適切な処置をスムーズに行う点に、トレーナーとしての資質というか、その片鱗がうかがえます。

そして物語は注目の戦後処理に突入。この闘いは
宇宙崩壊勢力vs宇宙防衛勢力
といったシリーズの根幹対立構造から
敵討ちvs師弟対決
という、極めて私的な対立構造へとシフトしたがために、今後の三人の立ち位置だけでなく、脇に逸れたレールをどのように戻していくのかという点でも注目でした。
その口火を切ったのはロビン。彼の第一声は、

ウォーズマン、改めて言わせてほしい。
お前に対する私の指導は間違っていた

本当にすまなかった
という謝罪でした。
もっとも彼は自身の育成法に間違いがあったことを、戦闘中においても自覚して謝罪しています。

そしてその過ちを、ペシミマンを“仮想弟子”とすることで正すことができるという意気込みを持って、彼はこの試合に臨んでいたわけです。そんな思いが根底にあったからこそ、試合決着という節目に出た言葉が“改めての謝罪”だったのでしょう。つまり“謝罪”こそが、彼にとっての“闘う意義”だったわけです。
…と書けば美しいシーンなのですが、やはりロビンマスクなんですね。その謝罪に

謙虚さがまるで見えない
という大きな問題が発生しちゃっている。もっとハッキリ言うと

謝っているのに偉そう
なんですよ、彼(苦笑)。まあそもそも論で、仁王立ちで謝罪をしている時点でかなり行動の選択肢を間違えています。いや、わかってますよ?

ロビンは真剣にやってるんだーっ!
ってことは。彼は真剣です。謝罪の言葉も本音です。わかっています。でもね、彼はきっと心のどこかで

100%許してもらえる
という確信…いや、甘えをもってこの行動を起こしているようにも感じるんですよ。だからこそその真摯ささえも、美辞麗句に成り下がってしまう危うさを帯びた謝罪に見えてしまう。そんな不幸がこの場面にはあると思います。
でもこのような“無自覚の逆なで”こそがいかにもロビンマスクらしいので、キャラクターを正確に描写する上では、これが正解なのかもしれないとも感じましたね。

初めての友人―ペシミマンとの相違点
そんなロビンなりのケジメがついたところで、彼は

そして…いい友を見つけたな
と、ウォーズマンとペシミマンの関係性を称えます。どちらかというと、私は彼の謝罪よりも、こちらの方が様式美ではない本音だと感じましたね。
というのも、ペシミマンはウォーズマンにとっての初めての友人だからです…こう書くと少々語弊がありますね。彼にはスグルをはじめとして、たくさんの仲間がすでにいますから。
ただ彼らとペシミマンとの大きな違いは、
独力で深く分かり合えたか否か
にあると感じています。スグルや他の正義超人との関係性は、やはりロビンを介してこその関係性、という点があったことは否めません。
しかしペシミマンとの関係性は
- 介在者なしの出会い
- 外野不在での“分かり合う闘い”
- 激闘後の価値観の共有
- 共に闘う絆の形成
と、これらすべてをウォーズマンが独力で築いた点で大きな違いがあるのです。
例えるならば、ロビン主催のパーティーで知り合ったのが正義超人の仲間であり、一人旅の最中に出会ったのがペシミマン、といった感じでしょうか。ゆえに私はペシミマンをウォーズマンにとっての“初めての友人”と評しているんですね。

そしてそれはロビンも同様に感じているのではないのかな、と思っています。つまり弟子が自力でかけがいのない友を得た…その結果に弟子の独り立ちという喜びを深く感じたからこその、

いい友を見つけたな
という発言であり、本音だったのではないかと感じています。
矛盾の解決―ミクロとマクロの整合
そんなロビンの第一声に対し、ウォーズマンはどう反応したのか見てみましょう。

やはりアンタは強い。
今回オレはペシミマンに全ての力を尽くし勝ちきらせるためにセコンドについた

友情の力に目覚めかけていたこの男にもはや害などない。
それは確信していたからな
このように、やはりロビンの謝罪についての反論は皆無で、それどころか受諾すらしていません。そもそもウォーズマンには

謝罪する必要あるの?
と、謝罪を要求する感性自体がないので、その受諾というコミュニケーションが成立しないんですね。優しすぎる世界なんです。
なので、ウォーズマンが反応したのは自然とペシミマンとの関係性のみとなるわけです。そして彼はペシミマンを
害のない人物
と自己判断したことで、直近の敵のセコンドにつくという大胆不敵な行動がとれたと語っています。ここ、すごく興味深いですよね。
というのも、以前私はペシミマンのベビー化に対し、
ミクロ視点(感情面)では○
マクロ視点(大義面)では×
と、そのねじれ現象について考察しました。要は宇宙崩壊が目的のペシミマンの肩を持つのはおかしな現象だよね、という心地よくも困った矛盾です。

でもウォーズマンだけはこの矛盾をとうに解決していたことが、彼のこの一言でわかるんですよ。彼のコンピューターはペシミマンとの闘いを経て
友情=この世界を尊ぶ…①
ペシミマン=友情に目覚める…②
①、②より
ペシミマン=この世界を尊ぶ≠宇宙崩壊
という証明を、すでに処理し終えていたんです。だからこそ、躊躇なく彼のセコンドにつけたのです。だって…ペシミマンにとって“宇宙崩壊”というお題目がとうに無価値であることを、彼は確信していたから。
それはまさしく正義超人の矜持である
分かり合うための闘い
が完全になされていたことを、これ以上ないくらいの美しさで指し示した瞬間であったともいえるのではないでしょうか。

ロビン賛歌の訓示?―譲らないセンターとドミノ破壊
そんなかけがえのない友を得ながらも、ウォーズマンは

しかし…勝つことはできなかった
と、勝負論については落胆した感情を見せます。ただここでロビンが意気消沈する弟子を励ますべく、

フフフ…それでも敗戦直前のところまで押し込まれた

お前がセコンドについたことでさらに闘志に火がついた

ペシミマンの地力を理解して存分に生かそうとするお前の成長ぶりも嬉しくてたまらなかった

だからこそ絶対にたやすく負けるわけにはいかぬと奮起した
と、二人の弟子の奮闘を手放しで褒め称えるんですね。このあたり、嬉しい評価でありながらも、師匠の余裕も見え隠れしてしまうため、額面通り受け取れない部分があるのも否めません。ひねくれた受け取り方ですけどね。
そしてロビンは

試合中にも言ったはずだ。簡単に超えさせんと。
あれは紛れもない私の本音。この程度で私を超えたと満足してもらっても困るからな
という厳しい釘を刺した後、あらたな訓示を弟子に示します。 それが

そうしてやり残したことがある人生ほど、先が楽しめるというものだ
でした。つまり彼はこう言っているのです。

師匠超えをやり残したからこそ、この先またモチベーションが保てるだろ?
と。も~なんなん、この自信! これ、この先もずっとウォーズマンの壁であり続けることの宣言じゃん! つまりウォーズマンはこの先も、果てしなくロビンの背中を追い続けることが確定した瞬間じゃん! 前回私が叫んだ

もうロビンはええて
に対する、真向拒否じゃん! スポットライトのど真ん中に居続ける気満々じゃん…ほら、ウォーズマンも一言いったれや。

フフフ、いかにもアンタらしい答えだ
コラーッ、お前も簡単に納得すんなーっ(笑)! 完成間近のドミノをいつも倒されているのに、優しすぎんだろ! も~、“不遇道”から抜け出すには、もう少し時間がかかるな、こりゃ(苦笑)。

自賛から自戒へ―スグルという壁
そんな“戦後訓示”においてもKY無双を見せる師匠。しかしですね…ある男の登場によって、この偉そうな“戦後訓示”が、実はもっと深い意味があったことを我々に知らしめるんですよ。
その男とは、モニター越しに

ロビン、ようやった!
と、祝辞を送ったキン肉スグルです。無邪気に声をかけてきた彼を見て、ロビンはこう語っているんです。

結局は私も同じだ。
この先も成長したお前にひたすら負けぬよう、そして今度こそ私なりに納得した形で…

あの男を超えられる闘いができるように!
そうなんです。立場変われば…だったんです。ウォーズマンがロビンの壁を超えようともがいているのと同様に、ロビンもスグルの壁がなかなか超えられなくてもがいていたんですね。つまりロビンの“戦後訓示”は、
弟子に諭すふりした自戒
でもあったんですよ。そんな真相がわかった瞬間に、彼の訓示は偉そうな“自分賛歌”から、世間一般に通じる“格言”へと昇格したんです。だからこそ、ウォーズマンの

それがアンタなりの敬意の形なんだな
という問いかけに対し、ロビンは堂々と

ああ、最上級の敬意だ!
と即答したのでしょう。自己中でエゴイストではあるものの、それ以上の“自分への厳しさ”を持ち合わせている点に、ウォーズマンの彼への尊敬が廃れない要因があるのかもしれない、と思いました。

イチャイチャ漫才から見える未来―スグルvsロビンは既定路線?
超人師弟の会話から、突然

今度こそあいつを超えたい!
という、飛び火ともいえる(笑)熱烈再戦ラブコールを受けたスグル。

ようやく蘇ってやりたいことが、私との再試合だと!? もっと他にあるだろうが~~っ!
と、困惑しきりです。このあたりのアタフタしたリアクション、いかにもスグルらしくていいですよね。そしてそれに対する返しもまたいいんですよ。

…と思ったが忘れておった。
お前は死ぬほどあきらめの悪いストーカー野郎だった!

結局お前は死んでも何も変わらんのう
ですからね(苦笑)。“死ぬほど”や“死んでも”というダークフレーズが乱舞するイジりを、本当に死んで生き返ってきた相手にかますのがすごすぎます。もちろんそれが通用する二人の深い関係性の裏返しでもあるんですけどね。
事実、それを受けたロビンは

フフフ、そうだとも
と、笑いながら肯定しちゃってますから(苦笑)。しかも

お前の引退届けはまだ私が隠し持ったままなのだぞ。おいそれと提出などさせてやるものか。せいぜい覚悟しておくことだ
という脅迫つき(笑)。これもまた、そんな軽口が言い合える間柄だという動かぬ証拠なんですよね。
こうなるともう、スグルは

ぐぬぬ、仲間としてはこの上なく頼りになるが、相変わらず絶対に敵に回したくないヤツの筆頭だわい!
と、歯ぎしりしながら苦し紛れの嫌味を言うしかないわけです。ん? 嫌味? いや、これ最大級の賛辞だよな(笑)? つまりはたから見ている身としては

なに二人でイチャイチャ漫才してるの?
という気分になっちゃうんですよね。それこそスグルの脇でそれを見ていたエクサベーターとガストマンが、

…旦那、オレたちは一体何を見せられているんですかい?

言うなガストマン。
ここは正義超人という生態の観察に徹するんだ
なんてコソコソ話をしていても不思議じゃないくらいの。まさにそんな空気でしたね(苦笑)。

ただこのイチャイチャ漫才からわかる重要なことは、
三度目のスグルvsロビンの実現度はひじょうに高い
という、ゆで先生の将来構想が透けて見えたことでしょうか。
これが所属軍団の別れた今シリーズで行われるのか、それとも新たな超人オリンピックにおいて実現するのかはわかりませんが、ゆで先生はかなり本気なのではないかと思わせるやりとりだと感じましたね。
虚しさを超えて―友情という名の宝石
そんなワチャワチャとうるさいやり取りの中、

ニキニキ
とペシミマンが覚醒。

ペシミマン! 気がついたか!?
と、即座に反応するウォーズマンに、彼への思いの強さを感じさせますよね。やはりウォーズマンにとっては、はじめて出来た大切な友なんですよ。
そして目覚めた友の口から出た第一声は

オレは負けたのか…お前の気持ちものせて闘ったってのに、す、すまねぇな…
という謝罪でした。奇しくもロビン、ペシミマン共に、戦後ウォーズマンに放った第一声は“謝罪”だったわけです。これ、わざとゆで先生がそうしたのか興味深いですね。もしそうならば、表現技法としてとても練られた演出だと思います。
そして今回の謝罪については、ガッツリと反応するウォーズマン。

謝ることなどあるものか!
完全に戦闘狂と化した手ごわいロビンを相手に、一歩たりとも引かないお前の闘いぶりには感動した!
うおお…これは泣ける(泣)。ウォーズマンのペシミマン賛歌、涙がちょちょ切れる…!! 節々に微妙なロビン賛歌も混じっているのは否めないけど(苦笑)、全ウォーズマンファンの気持ちを代弁したかのようなリアクションだったと思います。
いや、本当に謝る必要なんてないよ、ペシミマン…なのに…なのに彼は

だが負けちまったら意味はねぇ、結局オレはなんの役にも立たねぇクズだ

やっぱり他人なんかと関わるもんじゃねぇなあ…この世の片隅で牛だけ相手にひっそりと大人しく生きてりゃよかったんだ!
と、硬いリングをガツンガツンと両拳で叩きながら、結果を出せなかった自分自身を激しく責めたのです。

なんという純粋さ。周囲を顧みることなく、まるで子どものように悔しさを露わにする彼の姿からは、彼がこの闘いにどれだけ己のプライドを賭けていたのかが痛々しいほどに伝わってきます。そして彼が賭けていたプライドとは、まさに
ウォーズマンを含め、虐げられてきた者たちの尊厳
そのものであり、それは極めて利他的で私心のない、美しいものでした。
そもそも彼は、世を悲観的に見ていた厭世家です。破滅主義者の世捨て人です。つまり“利他の思想”とは対極に位置していた超人だったのです。
それだけに今回の闘いは、ペシミマンにとっては一世一代の冒険だったに違いありません。 それこそ教室の片隅で目立つことなくひっそりと過ごしていた生徒が、意を決して学級委員長に立候補するような…そんなギャップあふれる行動。
しかし彼の努力虚しく、クラスは変わらなかった。そして襲ってくる強烈な後悔。

だったらガラにもない挑戦なぞしなけりゃよかった…
おそらくですが、今この文章を読んでいる人のほとんどが、シチュエーションは違えど同じような経験をしたことがあるのではないでしょうか。
そう、我々はみんなペシミマンなんです。報われない自己変革ほど哀しいものはないことを知っているがゆえに、その恐怖で動けない弱虫。そんなやるせなさが、悲観的、シラケという行為を正当化していく…。
それを顕著に表しているのが

やっぱり他人なんかと関わるもんじゃねぇなあ…この世の片隅で牛だけ相手にひっそりと大人しく生きてりゃよかったんだ!
という発言でしょう。せっかく尊い自己変革を成し遂げたのに、失敗という後悔がそれをすべて否定してしまう。せめて誰か一人でも、自身の挑戦を肯定してくれる人がいてくれたら…

そんなことあるものか!

この世の不条理を嘆き、世界を叩き潰すお前の闘いは、よりよく生きられる世界へ社会悪を叩き潰す闘いへとシフトしていった

その姿勢は理不尽に抗い生きる多くの者に、勇気と希望を与える闘いとなったはずだ!
いた。自暴自棄となった世捨て人のやり場のない拳を受け止め、その尊い自己変革を全肯定してくれる存在が、ここにいた。


人に勇気と希望を与える? このオレが?
世捨て人は聞き返す。自分の一世一代の冒険は、虚しいものではなかったのかと。するとその存在は続ける。

それはお前がオレという存在を真正面から受け止めてくれたなかで生まれた、奇蹟の化学変化だった

他人とのかかわりは反発を生むゆえわずらわしい。
だからこそ、その腐海の底には宝石のように美しく得難い共感が潜んでいることもある

それを手にできた者は…友情という概念が理解できるようになるーー

断言する。
今のお前は…紛れもない友情パワーの持ち主だと!
そう、君は虚しさを手にしたどころか、実は“友情”という得難い宝石を手にしたんだよと。
自身に芽生えていた“友情”の芽を、見ないふりをして心の奥底にしまい込んでいたペシミマン。しかしこのウォーズマンの肯定は、それをしまった彼の心の扉を、自ら開けるよう導いた瞬間だったと思います。今回の物語はここで終了ですが、きっと彼の扉はもう開いているでしょう。
闘いとは分かり合うこと
それこそが最も大事な成果だというのであれば、格闘には敗れど、ウォーズマンは最大級の成果をもってミッションを達成したといえます。
ネプチューンマン、キン肉マン、テリーマン、アシュラマン、ロビンマスク…一連の対抗戦で格闘的勝利を得た者は多々いますが、“分かり合う”という最大の成果を得た者はスグルしかいません。しかしそのスグルとて、エクサベーターとの関係は様子見段階…。
そう考えると、この対抗戦で一番の成果をあげたのは、実はウォーズマンだったのではないかとすら思えてきます。もちろん

負け惜しみにしか聞こえないよ
という反論は受け止めます。ただ闘いにおいて本当に大切な価値とは何なのか…その観点に沿った見方があってもいいのではないかと、個人的には感じましたね。

第539話感想とまとめ
以上、今回の感想と考察をまとめると
といった感じとなるでしょうか。
今回は激闘のエピローグとして、“友情”を核とした三人の立場が明確になったことが印象的でした。
三者が抱く、それぞれの“友情”の形。それはどれもが尊いものでした。それを踏まえて続くであろう新展開を、楽しみにしたいと思います。
そして今回は惜しくもピックアップできなかったポイントが、まだまだあります。それらについては一言雑感ですが、次の項をご参照ください!
第539話の小ネタ感想―気になったシーンピックアップ
その他気になった点は
- 観客もやっぱりロビン大好きなんだな~。
- キビキビ動くウォーズマン。だいぶ回復した?
- ウォーズマン「ひどい傷だ」
- ロビン(…イヤミか?)
- ロビンも「謝ることなどあるものか! 」って言葉を期待していたのかな(苦笑)?
- だとすると、このスルーはかなりの精神的ダメージをロビンに与えているぞ、ウォーズマン(笑)!
- 物語に緩急をつける調整弁として、スグルのブレイクタイムは貴重。
- ストーカー扱いされるサー・ロビンマスク(笑)。
- イチャイチャ漫才がおかしくて起きた説があるペシミマン(笑)。
- だとしたらどこから聞いていたのか気になる。
- 牛だけ相手にひっそりと…ということは、バッファローマンとなら…え?
- ウォーズマンとペシミマンは“ピュア×ピュア”なんだよな。
- 汚さないように応援しないと。
こんなところでしょうか。
みなさんも今回感じたことやその後の展開予想などを、よかったらXやコメント欄に書いてくださいね!
お知らせ
超人批評のご案内
直近にアップした超人批評をご紹介します。今回は記念すべき超人批評100回突破シリーズとして、第1回の批評超人でピックアップしたウォーズマンの再批評を数回に分けてアップ。
そしてとうとう今回、ウォーズマン再批評が最終回を迎えました。今回は

ウォーズマンとは何者なのか
という、彼のアイデンティティの最深層に迫っていきます。

はたしてウォーズマンというキャラの根幹は何なのか。それについて、多くの事例と資料をふまえ、深々と考察をいたしました。
そしてありがたいことに、この批評は嶋田先生からも

深い考察ありがとう。
作者が涙してしまいました
という、ありがたいメッセージをいただいております。ご興味わいた方は、ぜひご一読くださいませ。
キン肉マン以外の雑文のご案内
キン肉マン以外でも興味深いコンテンツを探している方はこちら↓なんていかがでしょうか。

80年代中期の中学校給食をメインテーマに繰り広げられる、ノスタルジーあふれる“嗜好品掘り下げモノローグ形式ドラマ”です。
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