アメリカテキサス牧場。そこに居を構えるテリーマンファミリー。部屋にはキン肉マンと共に手にした様々なタイトルのトロフィーやメダル、そして活躍時の写真が部屋に飾ってあります。
そんな中、息子のキッド(11歳)が傷だらけで学校から帰宅します。もう2週間もこんな状態が続いており、理由を母親であるナツコが聞いても、転んだとの一点張り。
それを見たテリーマンが「そいつはケンカで受けた傷だな」と真相を突くと、キッドは「実は2週間前、ボクが通う超人学級にすげえ腕っぷしの強い超人が転校してきたんだ…」と、実情を以下のように話し始めます。
- そいつは10歳なのに超人柔術のブラックベルト(黒帯)である。
- いきなり所属するレスリング部に現れ、道場破りのように部員たちをのしていった。
- 主将である自分も立ち向かい、タックルからのテイクダウン、そして伝家の宝刀のスピニング・トゥ・ホールドに入るも、下からの三角締めでギブアップしてしまった。
- 結果、レスリング部のキャプテンとしての威信も失った。
- その威信を取り戻すために毎日のように放課後、その柔術超人に挑んでいった。
- しかし投げられ、締められ、極められ、潰された。
- 柔術超人にやられる毎日で部員たちの心はすっかり離れ、彼らは柔術超人の作った柔術部へと流れていった。
このような仕打ちを受けたキッドは「パパーッ、テリー一族に伝わる超人レスリングの技術って、もうすごく古いんじゃないの? 柔術超人はボクに言ったんだよ。テリー一族の超人レスリングは、ただ殴ったり蹴ったりするだけで芸がないって!」と、一家の格闘伝統について疑問符を持ちます。
さらに「そんなポンコツ技術だから親父のテリーマンは、いつもキン肉マンの上にはいけない二番目野郎なんだって」と、自身が受けた侮辱をそのまま父親に対して口にすると、「キッド、口を慎みなさい!」と注意するナツコ。
しかしキッドは止まらず「だったらスピニング・トゥ・ホールド以上の強力な必殺技を教えてよ! あの柔術超人を完全にタップアウトさせるような。必殺技がないんだったらボクもレスリングを辞めて超人柔術を習うよ。柔術着買うお金ちょうだい!」とまくしたてます。
それを一通り聞いたテリーマンが何も言わないので、「ちょ…超人柔術習っていいんだね」と念押しで確認するキッド。すると「さあ、ママの特製シチューができるまでひと仕事やるか」と、キッドの要望を意に介さずテリーがオノに手をかけると、キッドは「エエーッまたいつもの切り株抜きー!?」と、不満を露にします。
さらに疲れたから夕飯を食べて休みたいというキッドに対し、「テリー一族に生まれた男の子は、代々10歳の誕生日を迎えたその日から、牧場の整地のため毎日休まず木の切り株抜きをするのが伝統だ。ひいお爺さんだってお爺さんだって、パパだってみぃ~んなそれを受け継いできたんだ。テキサスの男は一族の伝統を重んじるものだ」と、テリーは日々のルーティーンを頑なに守れと諭します。それに対し「わかったよう…」と、しぶしぶ承知するキッド。
そしてテリーは木を伐採し、キッドはその切り株を両手で引っこ抜くという作業をひたすら行います。もう体力の限界だから帰ろうというキッドに、「ではあの一本を抜いてから夕飯にしようか」と提案するテリー。
しかし「そいつは一番の難物で何回かチャレンジしているけど、根が深くてビクともしないんだよ!」とキッドが難色を示していると、その裏をトラックが通りかかり、キッドに気づくと停車しました。
そこの荷台には、キッドから離れた元レスリング部の面々が乗っており、切り株抜きなど無駄な行為で、重機を使えば簡単に終わるのにと、テリー一族の伝統的ルーティーンをバカにします。
それを聞いたテリーが「フフ、元気があっていいな! しかし口出しはやめてもらおう。これがテリー一族伝統の整地のやり方なんだ!」と元レスリング部の面々をたしなめると、「えらそうなことを言うな」「キン肉マンの忠実なる腰巾着め」「キン肉マンの名声のお裾分けあずかっていたコバンザメ野郎」「アメリカ超人の面よごし」と、罵詈雑言を浴びせる面々。
そして「暴留渓キャプテンからも何か言ってくださいよ!」と言うと、例の柔術超人と思われる超人が前に出て「キッド、お前オレにあれだけやられてまだ超人柔術部に入らねえつもりかーっ」とニット帽を取り、にらみをきかせます。
その姿を見て直感的に過去の対戦相手であるザ・魔雲天の姿が脳裏によぎるテリーマン。そのテリーに対し「あんたがテリーマンか~っ、会いたかったぜ~っ。オレがなぜアンタの息子をここまで痛めつけてるのか理由はわかるだろう~っ」と、詰め寄る暴留渓。
さらに「キッドよ、テメェはそのうだつの上がらねえ野郎が教えてくれる超人レスリングのテクニックってやつで、このオレに永遠に勝てないケンカを売り続けるつもりなんだろ! そんな無駄はもうやめようぜ!」とキッドを挑発すると、「あと一回だ…あとたった一日で、お前の息の根を完全に止めてやる!」と最後通牒を突きつけます。
そして暴留渓は2日後に闘いの舞台を用意することを告げ、「まあそれまでフヌケのパパとゲイシャガールママにたっぷり可愛がってもらうんだな」と、とことんテリー一族を罵倒します。
母親をゲイシャガール扱いされたことに憤るキッドでしたが、「慌てることはねえさ、その怒りも2日後にはお前の存在とともに消えてなくなるんだからな!」と、トラックの運転手に合図を出し、去っていく暴留渓。
その去り際に、テリーはトラックの運転手が魔雲天であることを確認し驚きます。そしてトラックはテリー牧場の看板に激突してそれを粉々に破壊すると、その木片が杭のようにキッドめがけて飛んできます。それを体を張って盾になるテリー。
父親の行動に「パパーッ、怖くなかったの? 痛くないの?」とキッドが聞くと、「怖い? フフ…パパはテリー一族伝統の超人レスリングを正しいと信じているから少しも怖くない」と、迷いなき表情でテリーはキッドに答えます。
そしてキッドの方に向き直り「『自らの正しきを疑う者はアリンコ一匹にも勝てない』『しかし自らの正しきを信じる者は万軍の兵よりも強い』がテリー一族の家訓だ! テキサスというのは男が男を示さなくてはならない場所だ。なめられたら一生ナメられ続け、誰も助けてくれやしない」と諭すテリー。
それを聞き「お…男が男を示す場所…」とキッドがつぶやくと、テリーは片膝をついてキッドの頭に手を置き「ふてるな! 恐れるな! あきらめるな! そうすれば必ず幸せな勝利を手にすることができる!」と、己の信念を息子に託します。
そこでナツコが夕飯ができたことを知らせ、家に戻ろうとテリーがキッドを促すと、キッドは上着を脱いで上半身裸になり「パパ、ぼくもう少し切り株抜きをやっていくよ」と告げ、「男が男を示す!」と叫んで夜明けまで切り株抜きを続けます。
そして明け方になり「あと一本、残すはこの獲物だけなのに、やっぱりビクともしない…」と、例の切り株に挑みます。そこでふいに根元に目をやると、四つ葉のクローバーを発見。
幸運の象徴であるそれを見つけ「ラッキー」と喜んでいると、そのクローバーは根元に引っかかり、しおれかけながらも必死に生きている事実に気づきます。「ふてるな! 恐れるな! あきらめるな! か…」と、先ほどテリーから言われた言葉を思い出し、キッドは奮起。
2本の根を両脇に挟んで力尽くで持ち上げると、それをクロスし一気に反転させるという、まるでテキサス・クローバーホールドのような動きを無意識で行います。そして「そうすれば…必ず幸せな勝利を手にすることができるーっ!」と叫び、スターエンブレムを発光させながら力を込めると、切り株はとうとう抜き取られ次回に続く、です。
新シリーズ移行準備期間の、穴埋め的な読切シリーズです。コロナ休筆期間中もたっぷりと読切再掲載シリーズが続いたので、正直またか…感は否めません(苦笑)。でも仕方ないですね。
今回は2009年に前後編で描かれた、テリー・ザ・キッドのスピンオフ読切の再録です。このために週プレ増刊号、買いましたよ、はい(笑)。
主人公はテリーの息子であるテリー・ザ・キッド。当時は『キン肉マンⅡ世』を連載中だったので、Ⅱ世キャラがスピンオフとして選ばれたんですね。その内容は
- クラシカルとニューウェイヴの対比
- テリー一族と魔雲天一族の因縁
- テリーマンというキャラクターの再設定
- キッドの成長
というテーマで織りなされていると思いました。ではそれぞれのテーマで雑感を書いていきます。
1.クラシカルとニューウェイヴの対比
これは前者の象徴がテリー一族で、後者の象徴が魔雲天一族として描かれています。前者を時代遅れでもはや通用しない技術として蔑み、後者を今風な最新技術として扱う。これは当時の格闘技界とリンクしているとも思われ、プロレスの低迷と総合格闘技の隆盛という時代背景の比喩だともとれます。
2009年当時、プロレスは冬の時代(といっても棚橋選手等の努力で上昇気流はありましたが)と言われるほど、総合格闘技に押されていました。その総合格闘技の象徴の一つが柔術であり、プロレスとの差別化を明確にしていた格闘技だったわけです。そこでゆで先生はキッドを低迷するプロレスになぞらえ、暴留渓を隆盛する総合格闘技になぞらえて、物語を紡いだと思われます。
ただここでいうプロレスというのは、おそらくゆで先生的には古き良き時代のアメリカンプロレスをイメージしていると思われ、ルーテーズやカールゴッチ、もしくはそれこそテリーファンクやドリーファンクJr.といった、50年代~70年代を席巻したクラシカルなレスリングをイメージしていたのではないでしょうか。
その華やかな権威が失墜し、黒船ともいわれる柔術に取って代わられた、という格闘技界の歴史に対し、一抹の寂しさを感じたゆで先生が、プロレスの奮起を期待して描いた読切、という感じがしましたね。
よって奮起を促したい方には、まず徹底した誹謗中傷を浴びせ、時代遅れであることを強調するも、その時代遅れの伝統というものは、実は強力な力を持つノウハウなんだよ、なめちゃいけないよ、という展開に持っていくパターンで物語の痛快さを演出しています。ただこの痛快さは主に後編に描かれるんですが、皆さん初見でも予想できると思うので、ネタバレ的書き方でも大丈夫でしょ(笑)?
2.テリー一族と魔雲天一族の因縁
古き良き時代のクラシカルレスリングの象徴たるテリー一族の相手は誰がいいかな…と考えると、もうこれ以上ないくらいの相手がいるわけですよ。過去に多大な因縁があり、偶然にも柔術と縁が深い柔道着を身にまとっていた相手が(笑)。
ゆで先生も“ハマった!”と小躍りしたと思うんですけど、それがザ・魔雲天ですね。こんな最適解があるのなら、その息子を作っちまえばいいじゃないか。モチーフはどうしようかな? 魔雲天が山だから…火山でいいか。じゃあ頭から少しマグマを垂らした暴留渓でいいか、みたいな感じで、とんとん拍子でキャラ設定できたと思いますね(笑)。
そんなわけで、時代遅れを流行が叩きのめし、キッドがそのアイデンティティに疑問を持つも、揺るぎない信念を持つ父親の教えで奮起し、暴留渓に立ち向かうという、なんとも見事に一族間の因縁も演出しつつ、オールドファンを喜ばせる粋な舞台背景ができあがったと思います。
3.テリーマンというキャラクターの再設定
今回はキッドが物語の主役ですが、裏の主役はテリーマンのような気もします。テリーは今回、その存在をかなり悪し様に言われてしまいます。
- 古い
- 芸がない
- ポンコツ技術
- 二番目野郎
これらはキッドの言葉ですね。息子なのに容赦がない。とくに二番目野郎は厳しいよな(苦笑)。さらに暴留渓軍団からは
- 腰巾着
- コバンザメ
- アメリカ超人の面よごし
- うだつの上がらねえ野郎
と、これもかなり手厳しい評価です。ただこれはある意味読者が思っていることをキャラクターに代弁させた、とも言えます。つまりテリーを悪し様に言っているのは、私たち読者なんですよね。
ゆで先生にとって、テリーは連載初期から物語を支えた、大切なキャラクターのはずです。しかし連載初期ではトップだったその人気も、中盤から後半にかけては振るわず、人気投票という点では新しいキャラクターの噛ませ犬というような立ち位置に陥ってしまったキャラだったことも事実です。
だったら巷に溢れるテリーへの罵詈雑言を逆手に取り、それらをすべて受け入れた上で、それでも己の信念を崩さず、言い訳もせず、地味でクラシカルな鍛錬の積み重ねで結果を残すというキャラを確立することで、テリーの男気と魅力を指し示そうとした気がしますね。
4.キッドの成長
これはこの作品のメインストリームですね。当時キッドはメインの現役選手(ちょうど掲載時に活躍していたキャラという意味で)だったので、そのキャラの深掘りになりました。
やはりここは“なめられてはならない”という、テリーのキャラ根幹である教えをキッドが受けた、という点がフィーチャーされたと思います。地味でクラシカルながらも、そこだけは決して譲らないテキサン魂。テリー一族のアイデンティティの伝承ですよね。
そして奮起したキッドが、最初の関門である難関切り株をクリア。その時のムーブがしっかりと後のフェイバリットとなるテキサス・クローバーホールドのムーブになっている点が、後編への伏線になっていて見事です。
その他気になった点は
- スグルが中央の写真も多く飾っているところに、テリーのいい人ぶりがよく表現されている。
- 超人学校の担任の先生、アンドロイドみたいだ。
- 暴留渓の着ているバスケタンクトップの文字は『Mt.DROPS』。ここですでに敵キャラの正体の大きなヒントが(笑)。
- こんな小技がピリリと胡椒のように効いていてたまらんです(笑)。
- “櫛の歯が欠けるように辞めていき”という、なかなかに文豪チックな比喩を言うキッド(11歳)。
- テリーの祖先には、必ずスターエンブレムがあるな。ゆで先生、徹底している。
- マシン・ハンセンに息子がいたことに衝撃(笑)。
- オヤジにはセリフすらなかったのに。というか、そもそも隠れキャラのようにしか出演していない(苦笑)。
- 暴留渓という名前は、親子そろって暴走族の書く当て字のようで、ダサいけどしっくりきてとてもいい(笑)。
- まさかのドライバー、ザ・魔雲天。
- カーペンターファッションが素敵(笑)。
- というか、奥さんがどういう人なのか気になる。やっぱ山系(笑)?
- 口元の怪我は、なかなかにグロテクスで迫力がある。
- ストロング・ザ・武道戦での傷かな? だとすると、作品時系列的には、ストロング・ザ・武道戦のときに、ゆで先生がこの読切の魔雲天を意識して試合を描いたということになる。そうだとしたらすごい。
- ちなみに運転は片手をドア外に出しちゃうスタイル(笑)。
- 息子が夜中に帰ってこなくても、熟睡できる強心臓な夫妻(笑)。
- テキサス・クローバーホールド習得へのきっかけに、四つ葉のクローバーを持ってくるあたり、さすが秀逸です。
こんなところですかね。
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