オレ流週刊少年ジャンプ論

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オレ流週刊少年ジャンプ論

週刊少年ジャンプ論 第二章 第七節

注)この論文は1994年のものです。第七節 ヒーロー世代交代 ~スラムダンク・幽遊白書~ 1990年(平成2年)になり登場したのが『スラムダンク』(井上雄彦)、『幽遊白書』(冨樫義博)である(図20)。 『スラムダンク』は高校バスケットで勝...
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週刊少年ジャンプ論 第二章 第六節

注)この論文は1994年のものです。第六節 格闘路線へ ~ドラゴンボール・聖闘士星矢~ 1985年(昭和60年)には鳥山明の2作目、『ドラゴンボール』が始まる(図16)。連載当初はほのぼのとしたギャグストーリーだったが、途中から格闘色の強い...
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週刊少年ジャンプ論 第二章 第五節

注)この論文は1994年のものです。第五節 ラブコメ砕く北斗神拳 ~北斗の拳~ 1980年に入っても『ジャンプ』は衰えることなく快走を続ける。1979年(昭和54年)スタートの『キン肉マン』(ゆでたまご)、1980年(昭和55年)の『Dr....
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オレ流週刊少年ジャンプ論

週刊少年ジャンプ論 第二章 第四節

注)この論文は1994年のものです。第四節 スーパーカーにスーパーブロウ ~サーキットの狼・リングにかけろ~ 昭和50年代に入ると、子どもたちの間で爆発的なブームになったのが、イタリアンカーなどのスーパーカーである。このブームの火付け役にな...
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週刊少年ジャンプ論 第二章 第三節

注)この論文は1994年のものです。第三節 100万部への推進力 ~男一匹ガキ大将・ハレンチ学園~ 『くじら大吾』(梅本さちお)『父の魂』(貝塚ひろし)を連載陣にし、あとは新人を起用した『ジャンプ』創刊号の発行部数は10万5千部であった。同...
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週刊少年ジャンプ論 第二章 第二節

注)この論文は1994年のものです。第二節 『ジャンプ』創世記 ~10年遅れのハンデ~ 集英社から創刊される少年週刊誌の動きが表面化されたのは、1968年(昭和43年)の正月であった。ただし週刊誌ともなると、その創刊号には慎重を期する必要が...
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週刊少年ジャンプ論 第二章 第一節

注)この論文は1994年のものです。第二章 『ジャンプ』650万部の歴史第一節 マンガ出版形式の変容 ~月刊から週刊へ~ 戦後の日本マンガ文化が、手塚治虫を中心として発達・浸透していったことについてはもはや疑う余地もないだろう。 手塚が編み...
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週刊少年ジャンプ論 第一章 第三節

注)この論文は1994年のものです。第三節 マンガ界を引っ張る『ジャンプ』 ~破竹の進撃~ 読者年齢層の拡大により、出版界の柱となったマンガであるが、そのリーダー的存在となり、マンガ界を引っ張っているのは、650万部を誇る『ジャンプ』である...
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週刊少年ジャンプ論 第一章 第二節

注)この論文は1994年のものです。第二節 広がる年齢層 ~マンガ世代のルーツを探る~ マンガが日本の出版界において、大きな市場になるまで成長したことは、前節で説明した通りである。ではこの成長を支え、今もなお支え続けているのは、誰なのであろ...
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週刊少年ジャンプ論 第一章 第一節

注)この論文は1994年のものです。第一章 出版界における『ジャンプ』第一節 マンガの台頭 我が国日本では、「マンガ=子どもの読み物」といった固定観念が、長い間の通説になっていた。なるほど、ヒーローが必殺技を駆使して悪を倒したり、ナンセンス...
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