ドラマティックすぎたロシアGP
以前似たようなタイトルで文章を書いたんですよ。これなんですけどね。
この時はジョージ・ラッセル(ウィリアムズ)という前途有望な若手レーサーの初優勝がすんでのところで叶わず、勝負の世界って甘くないなあ、という強烈な印象を植えつけられたレースだったんですよ。
そしてまたもや似たようなドラマティックすぎるレースが起きてしまいました。舞台は先日開催された2021シーズンのロシアGPです。
今回勝負の世界の厳しさを突きつけられたドライバーは…マクラーレンの秘蔵っ子であるランド・ノリスです。若干21歳の若武者ですよ。
ランド・ノリスとは
見た目はね、まだ少年らしいあどけなさが残る感じの青年なんです。しかしながら、レーサーとしての才覚は図抜けた方なんですよ。
特に今シーズンの活躍は目覚ましく、上位フィニッシュを繰り返し、直近のイタリアGPでは2位表彰台を獲得しています。
しかもイタリアGPではトップフィニッシュが可能なレースペースがあったのに、チームメイトで先輩のダニエル・リカルド(マクラーレン)に花を持たせる形で、3位以下をブロックする役割に徹した2位だったんですね。
リカルドがこのまま優勝できるよう、仕事をしてくれ。
ええ~、ボクの方がペース早いんだけどな…わかりました。チームプレイに徹します。
こんな感じです。つまり…上り調子のノリノリ君なんですよ。
そんなノリノリのノリスが、このロシアGPでもその調子を持続し、台風の目となりました。そしてレース終了間際に訪れた衝撃のドラマ。時系列でご紹介いたします。
衝撃のロシアGP顛末
予選で初のポールポジションを獲得
F1の予選というのは、翌日の決勝レースのスタート位置を決める1周のタイム測定です。
当然ここで一番早いタイムを獲得できれば、決勝で一番前の位置(ポールポジション)からスタートができるので、圧倒的に有利です。
ですので、予選はいつも熱いのですが、ノリノリのノリスはここでもそのノリの良さを発揮し、生涯初のポールポジションを見事に獲得します。
この結果には、少し天の助けがありました。予選は小雨状態の濡れた状態で行われたのですが、最後の最後で雨が止み、レースラインだけ細~い幅で路面が乾きだしたんですね。
その一筋の乾いた路面に、ウェットタイヤではなく、ドライタイヤを急ぎ装着して走るという賭けに、いち早くでたんですね、ノリスは。
ウェットタイヤとドライタイヤでは、後者の方が圧倒的に早く走れます。しかし少しでも濡れた路面に乗ってしまうと、すぐにスピンをしてクラッシュをしてしまうというリスクがあります。そして今回はその通れる道筋が異様に狭い。かなりリスキーです。
しかしここでノリスはこの賭けに勝ち、見事初ポールポジションを獲得します。そのあと絶対王者たるルイス・ハミルトン(メルセデス)もドライタイヤに履き替えるのですが、タイミングを逸し、この若手にトップを譲る結果となったわけです。
スタート後2位に後退も落ち着いて挽回
決勝レースでトップスタートをきれる位置にいたノリスですが、2番手にいたカルロス・サインツ(フェラーリ)に見事なライン取りをされ、2位に後退します。
しかしノリスは慌てず自分のペースを守り、トップを奪ったサインツを離れず追っていくと、勝負所できちんと追い抜きを行い、13周目にはトップの位置を取り返すことに成功しました。
このあたりの冷静なレース運びも見事だったといえます。ノっていながらも冷静。序盤としては100点満点の出来です。
危なげないレースコントロール
その後ノリスは徐々に後続を引き離し、レース中盤では2位とのギャップを10秒以上稼ぐことに成功します。まったくミスもなく、タイヤのマネジメントも順調。
追い上げたいハミルトンは前にいるリカルドを抜くことができず、本来の速さを発揮できません。チームメイトが敵をブロックし、相方を逃がす。奇しくも前回のイタリアGPの逆パターンを形成します。
この時点で勝利の女神は半分、このノリスに微笑みかけたといってもいい瞬間でした。
忍び寄る絶対王者
しかしながらさすがは絶対王者のハミルトン。22周目にピットストップでもたついたリカルドの前に出ると、邪魔者がいなくなり怒涛の追い上げを開始。
みるみるうちにノリスに追いつき始め、レース終盤でとうとうノリスの背後に迫るパフォーマンスを見せます。ここからフィニッシュに向けた、ノリス VS ハミルトンの一騎打ちが開始。
絶対王者とのコンマ数秒内での攻防
絶対王者に背後から迫られ、0.2秒~1.5秒の差を保ちつつトップを守るノリス。このとんでもないプレッシャー下においても、この若者は締めるべきところを締め、王者の逆転を許しません。
この一瞬たりともミスができない攻防を数周に渡って繰り広げ、残りの周回はあと7周。あと7周ミスをしなければ、念願の初優勝がこの若者の頭上に輝くはずでした。
そして、この攻防の上にそれを勝ち取れれば、ノリスの初優勝の価値はとんでもなく大きいものになるはずだったのです。
残り7周で振り出した雨
…のはずだったのですが、ここで信じられないドラマが訪れます。なんとサーキットに雨雲が立ち込め、パラパラと雨が降ってきたのです。
もしこの雨が本降りになれば、ドライタイヤでの周回は滑って危険すぎます。とてもまともな運転ができず、周回タイムは恐ろしく遅くなるでしょう。つまりあっという間に下位に沈むことを意味します。
しかしここでウェットタイヤに交換するためにピットインすると、確実に25秒、タイムをロスします。もし雨がいうほど降らず、すぐに止んでしまった場合、今度はこちらの選択が命取りとなります。
残り7周というのは、時間換算で11分半です。この11.5分をそのままドライタイヤで突っ走るのか、それともそれを長い時間と捉えて安全策のウェットタイヤ装着に踏み切るのか。
つまりわずか7周を残してドライバーとチームは、タイヤを交換するかしないかの究極の選択を迫られたわけです。
勝敗を分けたタイヤ交換
この究極の選択で、ハミルトンは残り5周でウェットタイヤ交換に踏み切りました。今後雨脚が強くなることに賭けたわけです。
それに対してノリスは
ピットインしてタイヤ交換しろ
というチームの無線に
NO!! NO!!
とそれを拒否。
残り5周は時間換算で8分強です。優勝という千載一遇のチャンスを勝ち取るため、残りの8分をドライタイヤのまま乗り切る方に賭けたのです。というか、賭けざるをえなかったのかもしれません。
なぜならば、もしここでタイヤ交換を行えば、その作業にはコンマ数秒のミスも許されません。ちょっとしたオペレーションミスで、あっさりハミルトンとの順位は入れ替わってしまいます。そんな瞬きをするくらいの時間差しか、彼にはなかったのです。
ですので、ノリスは雨が強くなろうとも、ドライタイヤで行けるところまで行く、という選択肢しかなかったんですね。
マクラーレンの秘蔵っ子、散る
しかし勝利の女神は、この若者には微笑みませんでした。ドライタイヤでゴリ押しすることを決めた直後、雨はあっという間に本降りとなりました。
こうなるともう、ノリスは氷の上を走っているのと同じです。残り3周でコーナーを曲がり切れず、コースオフし、なんとかコースに戻るも、滑らないようにノロノロと走行するしかありませんでした。
そしてウェットタイヤに替えて25秒をロスしたハミルトンでしたが、その25秒は滑ってノロノロ走行を強いられるノリスにとっては、ないも等しいギャップだったわけです。
運転することすらままならず、コースオフをしてもたつくノリスを、残り3周で颯爽と抜いていく絶対王者・ハミルトン。これにて勝負あり、でした。最後の最後でハミルトンの逆転優勝です。
一方ノリスはというと、残り2周でウェットタイヤに履き替えざるを得なくなり、そのピット中に後続に抜かれて7位フィニッシュという、とても不本意な結果に終わりました。
なんともやるせないですよね…F1にとっての8分って、けっこういろいろ起きるものなんだな…。
事実は小説より奇なり
ここまで後半がドラマティックだったレースは久しぶりですね。これがリアルスポーツの面白さであり、醍醐味なのでしょう。事実は小説より奇なり、という言葉がこんなにも当てはまることは、最近ありませんでしたよ。
さらにそれを強調しているのが、予選時にはウェット路面に一筋の乾いたラインを見出し、ドライタイヤで走るという賭けに勝ってポールポジションを獲得したノリスでしたが、決勝では同様の賭けに敗れ勝利を逃した、という点です。
予選時の賭けを物語前半の伏線だとすると、決勝時の賭けの結末は、物語のクライマックスであまりにも見事な伏線回収を描いたことに等しく、身震いするくらいです。
こんなうますぎるストーリー、創ろうとしても創れねーよ…!
と唸ってしまうほどの、ノリスにとっては皮肉あふれる結末でした(苦笑)。
おわりに
しかし…レースの神様は、若者に試練を与えますねえ…昨年のラッセルしかり、今回のノリスしかり…。
ただ20代前半の彼らが、F1というスポーツに確固たる地位を築きつつあることは、如実に感じ取ることができます。いわゆる“世代交代”ってやつですよ。
おそらくノリスは近い将来優勝できるでしょう。そのくらいの逸材です。そしてラッセルも、来期はトップチームであるメルセデス昇格が決まりました。こちらもすぐにでも優勝できると思います。
- フェルスタッペン(レッドブル)
- ラッセル(メルセデス)
- ノリス(マクラーレン)
- ルクレール(フェラーリ)
綺羅星の如くあふれる、世代交代を成し遂げつつある若手ドライバーたち。このメンツを見ていると、この先5年はF1界が安泰であることを指し示しているようです。
そしてそんなライバルたちの中に、日本期待の星・角田裕毅も混じっていけることを心から願っております。ではまた。
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