別にバッファローマンが好き、というわけじゃないです(笑)。言い換えるならば、ゆとりというか、余裕でしょうかね。これは精神的にも物理的にも、空間的にも当てはめることができ、そのすべてにおいて好きです。理由は以下の通りとなります。
まず精神的な面でいうと、考え方や思想においてひとつの方向に意識を100%注ぎ込んでしまうと、いわゆる近視眼的思想になってしまい、視野が狭くなってしまうのが嫌なんですね。情熱を注ぎつつも、数パーセントの余裕を残しておいて、常に俯瞰して物事を見るようにしたいんです。
ま、その行為が「しらけている」とか「真剣でない」というような誤解を招く可能性もありますが、そういった精神状態が好きなんです。主義・主張において大きく共感をしたとしても、このスタイルは崩したくないですね。
次に物理的な面でいうとは、やはり仕事のやり方でしょうかね。イコール時間的な余裕とも置き換えられるでしょうけど。これも精神的な余裕と同様で、それがないと物事を俯瞰して見直す機会が取れないので、結果ズレた方向にまい進するという危険性があります。
ズレた労力や時間は大きなムダです。もちろんガムシャラに働くこともいいことだと思うのですが、ほんの少しでいいから余裕を持ちたいですね。
最後に空間的な面では、例えば物であふれたような空間は嫌ですね。空いている空間があるけど敢えて使わない、みたいな。出窓があるのに物を置かないとか。
結婚する前はほとんど使わない、それこそルームシェアのニーズがあったら賃貸してもいいくらいの部屋があったんですけど(笑)、そのムダな空間があることで精神的にすごく心地よかったのを覚えています。まだ物を置く空間がいくらでもあるんだよ、みたいな余裕。余白の美とでもいうんですかね。超贅沢ですけど。
似たような感覚では、PCやハードディスクレコーダーの残りメモリが多いのが好きです。使用メモリがMAXの半分を超えるとすごく嫌な気分になりますね(笑)。だから録った番組はけっこうまめに消します。「あと1ギガしか余裕がないよ」とか、卒倒しそうになりますね。 KAT-TUNはそのデビュー曲で「♪ギリギリでいつも生きていたいからぁ~」と歌っていますが、私はダメです。常に微笑みを絶やさない余裕を確保したいですね(笑)。
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