80年代初期に、以下のような例え言葉が社会を席巻しました。
という言葉です。
この言葉は聞いたことがあるけれど、その出自については
ぶっちゃけ知らない
という方は多いのではないでしょうか。
これは『3年B組金八先生』の第2シーズンにおいて初出となった言葉で、
ミカン箱に一つ、腐ったミカンを入れると、まわりのミカンも腐りだす
という状態を指し、つまりは
クラスに一人不良が入ると、まわりに悪影響を及ぼす
という比喩として使われました。
そしてその“腐ったミカン”こそが加藤優(直江喜一)であり、80年代のお茶の間に衝撃を与えたキャラクターだったのです。
彼は結果的に前作(第1シーズン)において絶対的な個性と注目を世間から認知され、作品不動の主役として君臨した坂本金八(武田鉄矢)に対し、キャラクターとしての勝負を挑む形となります。
それは出演者サイドにとっても、視聴者にとっても、突如現れたまさに嵐のようなキャラであり、その強烈な個性から目が離せなくなるほどの存在感を放ちました。
それではなぜ一生徒役である加藤優が、作品においてこんなにも強烈な印象を我々に与えたのかを考察していきましょう。
武田鉄矢危うし! 主役を食われる!?
結論から言うと、彼のキャラクターとしての存在感は、作品全体を通じて主役である金八先生を凌駕していたとも言えます。
それは前作で武田鉄矢が築き上げた、“坂本金八”という確固たるキャラステイタスを、大きく揺さぶったといっても過言ではありません。
そんな生徒役の強烈な突き上げに対し、武田鉄矢も相当な危機感をもったと思われます。
それこそ“ドラマの主役を食われる”という、あってはならない事態すら脳裏をかすめるほどに、です。
よってこの『3年B組金八先生 第2シーズン』は、ドラマ全体を通して坂本金八(武田鉄矢)と加藤優(直江喜一)との、ガチンコキャラ対決という様相を帯びていくことになります。
体中からにじみ出る強烈な個性
加藤優はシーズンの始まりからクラスにいたわけではなく、第5話で転校生として3年B組にやってきます。
設定としては、隣町の中学で番を張っていた加藤に手を焼いた学校が、追放同然に彼を切り捨てたため、その受け皿として金八先生が教鞭をとる桜中に転校してくる、というものでした。
それは平和なクラスに
何やら暗雲が立ちこめてきたぞ…
という不穏な空気が漂うことになり、彼の登場は視聴者の注目を一身に浴びることになります。
ところが当の加藤優は、意外と普通の外見で登場します。
不良だからといって頭をリーゼントにするわけでもなく、短ランやボンタンを着るわけでもなく、全方位に際限のない虚勢を張るわけでもありません。
そんな“不良のアイコン”というものをほぼ削ぎ落して登場した場合、“不良番長”としての迫力はとても出せないような気がしますよね?
しかしながら…彼はその眼光と体中から発せられるオーラが、度を越して凄まじかったのです。
世間を深く恨むような厳しく鋭い眼光。そして触れれば切れるような、鋭利なオーラ。これだけで、どんな不良ギミックも彼には不要となりました。
これはただ者ではない
という、全視聴者をそのたたずまいだけでそう納得させる説得力が、彼には充分すぎるほどに備わっていたんですね。
十代の少年に、なぜこんなにも鋭利なオーラが纏えるのか。その興味だけでも、今後の彼の一挙手一投足に興味津々になってしまった自分がいました。
もちろん中学三年生という設定の劇中において、当時の直江喜一の実年齢がやや上だったから、少し大人びて(老けて)見えたのかもしれません。
とはいえ、十代の役者さんであることには変わりがないですからね。ホント、あの貫禄にはびっくりさせられたものです。
初登場シーンでの大暴れ
そんな貫禄十分な出で立ちで登場した彼は、初登場回のクライマックスシーンにおいて、迫力満点の大立ち回りを演じます。
隣町の番長がうちのクラスに転校してきた!
という緊張感の中、多くを語らず物静かに振る舞う加藤。
しかしここで、もう一人のクラスのワルである松浦悟(沖田浩之)が、そのツッパリ精神から加藤に仕掛けます。
席に着こうと歩いてきた加藤に対し、足を引っかけて転ばせるという、なんとも古典的な(笑)挑発をしたのです。
これにキレた加藤は目を剥いて大声で猛りまくり、机を蹴とばし椅子を手にして振り回すという大暴れをみせます。
その様はまさに“制御不能な不良”そのものであり、芝居を通り越したリアルな狂乱者の姿が、確かにそこにはありました。
この芝居だか本気だかわからないような彼の行動は、同じ空間にいた共演者をドン引きさせるほどで(笑)、その暴れっぷりに本気で逃げまどい泣き叫ぶ、といったようなリアクションを見せます。
それは現場の子役を統括する立場にある武田鉄矢ですら困惑した表情を見せるくらいであり、いかに彼の演技にリアリティがあったのかを物語っていました。
特にそのシーンを作った張本人である松浦悟の唖然ぶりは特筆もので
こいつ、本気でヤベー
と、完全に沖田浩之としての素のリアクションが出てしまったことが、ブラウン管を通して視聴者にもハッキリと見てとれましたね。
共演者にすらそれくらいのインパクトを与えたシーンだったので、それが映像としてお茶の間に放送された時の衝撃たるや推して知るべし、ですよ。
そしてこのしょっぱなの強烈すぎるぶちかましにより、加藤優は完全に第2シーズンの台風の目として躍り出たわけです。
しかしあのシーン、
よく怪我人がでなかったよな
と、今でも本気で思いますよ(苦笑)。
キャラ被り対決で沖田浩之、完敗
衝撃のシーンで物語の最前線に立った加藤は、それ以降もその個性を存分に発揮し、その一挙手一投足が注目されるようになります。
彼のキャラ特性をピックアップすると
- 大人のウソが嫌い
- 曲がったことが嫌い
- 家庭環境や生い立ちで生徒を色眼鏡で見る先公は大嫌い
- 母親や友達を蔑むやつは許せない
- 弱い者いじめは嫌い
- 自分から喧嘩は仕掛けない
- 母親を泣かせたくない
- 早く大人になって自立したい
といった傾向が強く、“番長”や“不良”というよりは、どちらかというと“ド硬派学生”、といった味付けのキャラであったことがわかります。
それに対してちょっかいを仕掛けた松浦悟のキャラ特性は
- 金持ち
- 体が大きくて力が強い
- 体制に対し斜に構えることがカッコいいと思っている
- 先生に反抗的であり、それが痛快に見える
- ゆえに子分的な男子が集まってくる
- 結果、お山の大将然としている
といったものであり、かなり甘っちょろい生活環境(笑)でその地位を確立していることがわかります。
それだけに“不良”という属性で彼ら二人がカテゴライズされた場合、芯の通ったガチの硬派である加藤優と、反抗することがカッコいいと思っている松浦悟との、スケールの違いが顕著となってしまいました。
この設定により、沖田浩之は直江喜一に劇中で放つインパクトにおいて、完敗を喫することになります。
実際の話、物語の主軸は間違いなく加藤優に傾く形となり、彼が松浦悟から完全にマウントを奪取したことは、誰の目にも明らかでした。
ただこれによって松浦悟というキャラが死んだわけではなく、彼は彼なりに自己主張を行い、物語においてなくてはならない存在であったことは間違いありません。
それは反目しつつも、加藤優のよきパートナーに変化していくキャラとして描かれた存在感であり、個人的には好感を持っています。
しかしこの不良キャラの競合によって沖田浩之が貧乏クジを引かされたことは事実であり、彼を売り出そうとしていた所属事務所は、実ははらわたが煮えくり返っていたのかもしれません(苦笑)。
ちなみに沖田浩之は原宿のホコ天で踊っていた“竹の子族”のスターであり、そのカリスマ性を買われてスカウトされ、芸能界入りしています。
言うなれば、その根本属性に多分にリアルな“不良性”を伴った芸能界入りだったわけです。
しかしそのリアルな“不良性”も、直江喜一の激しすぎる演技によりすっかりとかすんでしまったことが、彼にとっての不幸だったようにも感じます。
ギャップ効果抜群の魅力
上記のように加藤は
キレるとヤベーやつ
という強烈な刷り込みがなされたので、その後は“まともな行動をするだけで視聴者から称賛を受ける”、という立ち位置を獲得しました。
例を挙げると
- 学習発表会の劇において、プロンプという縁の下の力持ちを買って出る
- 自閉症気味の男子生徒(ひかる一平)の面倒を見る
- 急に産気づいた継母にパニくる松浦に遭遇し、適切な処置で助ける
- クラスメートのために、高校の合格発表を代わりに見に行って学校に連絡する
といったものがあり、そこで粉骨砕身する加藤を見た視聴者は
なに…加藤って意外とイイヤツじゃん…!
といった感じで、彼に大きな好感を持ってしまうんですね。
つまりそれはキャラクターのギャップを最大限に活かした演出法でした。
この演出はシーズンを通して活用され、加藤が3Bのクラスに徐々に溶け込んでいくという、微妙な心情変化においても抜群の効果を発揮しました。
つまり派手なイベントに頼らずとも、視聴者の興味を彼に引き付けることが可能だったわけです。この事実は加藤を演じる直江にとっては、かなりおいしいアドバンテージだったと思われます。
しかしながら、そのギャップの高低差を生み出したのは紛れもなく直江の振り切った演技力であり、彼の得たアドバンテージついてはその賜物であったと思いますね。
物語の中に常に居座る圧倒的存在感
『3年B組金八先生(第2シーズン)』のテーマは、当時社会問題となっていた
- 受験戦争
- 校内暴力
が二本柱となっており、これらに付随した事件が様々に繰り広げられました。
そんな中、加藤の存在感はどのエピソードにおいても際立っており、
この展開で加藤はどう動くのか?
加藤はどのようなリアクションをとるのか
といった感じで、視聴者の興味を一身に浴びるステイタスを確立していました。
例えば“受験戦争”がテーマにおける加藤の役回りというのは、当時の過熱する日本の教育風潮に警鐘を鳴らしていたような気がします。
彼は“早く自立したい”という一心から、高校受験をせずに就職をすることを選択します。つまり“受験戦争”からは、さっさと降りたキャラクターなのです。
しかしそれが逆に“画一的にレールに乗ろうとする同級生”との差別化となり、彼のキャラをより際立たせる結果となりました。
夜遅くまで塾に通い、さらには年末年始もカンヅメで勉強をしてストレスを抱えるクラスメートたち。
そんな彼らを横目に、加藤は生活費を稼ぐためお歳暮の配達のバイトにいそしむのです。
この強烈な対比が“加藤優”というキャラをより印象深いものにし、ややもすると彼を通じて
画一的な勉強だけが、将来を良くするのか?
というアンチテーゼを、社会に向けて番組から投げかけているのかな? という印象を受けるわけです。
もうひとつのテーマである“校内暴力”については、彼の主フィールドなので(笑)、言うまでもなく圧倒的な存在感を示しています。
前述した転校初日の大暴れもそうですし、彼がバイトをする暴走族のたまり場である『スナックZ』も、その匂いを感じさせるのに十分です。
さらにはなんといってもドラマのクライマックスである“卒業式前の暴力”ですね。これについてはその②で詳述したいと思います。
そしてこのような強烈なキャラクターに対して、ドラマの絶対的主人公たる坂本金八(武田鉄矢)はどのように対抗したのでしょうか? そちらもその②にて考察していきます。ではまた。
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