FILE.20 ねるとん紅鯨団

オレ流80's
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80年代に登場した、公開集団お見合いバラエティ

 1980年代後半はバブル経済真っ盛りで、テレビが一番元気なときでした。そんな浮かれた世相を反映させたようなコンテンツのひとつが、『ねるとん紅鯨団べにくじらだん』であったように思います。

 この番組は一言で言えば、“素人男女の公開集団お見合いバラエティ”であり、その様子を当時人気絶頂であったとんねるずの二人が面白おかしく実況ウォッチングをする、というものでした。

 これが若者に大きな反響を与えて、深夜23時台の番組にもかかわらず、20%近くの視聴率をはじき出すというお化け番組となっていたのです。当時思春期だった私も、面白くて毎週のように視聴していました(笑)。

 ではなぜこの番組がここまで人気を博したのか、私なりに分析してみたので少し解説していきたいと思います。

モニタリングという手法を採用した

 テレビ番組でのカップル成立バラエティは、過去にも存在しました。『ラブアタック』や『パンチDEデート』、そして『プロポーズ大作戦』などが有名どころでしょうか。

 これらの番組は『ねるとん紅鯨団』の原型ともいえるのですが、『ねるとん紅鯨団』がそれらと大きく異なる点は、参加者を自由に行動させる時間、いわゆる“フリータイム”を与え、それを別室でのぞき見して茶化すという、モニタリング手法を採用したことです。

▲モニタリング手法です。

 これまでのバラエティは、あくまで司会進行を芸能人がつとめ、素人参加者をグイグイと引っ張って番組を成立させていました。そこで生じる参加者とのコミュニケーションで、笑いをとっていくスタイルです。

 しかし『ねるとん紅鯨団』では、あえて司会のとんねるずをバックヤードに下げて、生々しく繰り広げられる参加者の動向を実況し、ツッコミを入れることで笑いを成立させるスタイルをとりました。

 視聴者にとってはこれがとても新鮮で、目的を達成するために生じる参加者の多才なアクションを筋書きなしで見ることで、臨場感あふれるリアルな展開を味わうことができました。

 その様はドキュメンタリーといってもよく、予定調和を感じさせない参加者の行動や、そこで生じるアクシデントは、番組に生き生きとしたテンポを与えていたと思います。

参加者のプライベートを30分に凝縮して公開した

 人間プライベートな部分は公にしたがらないものです。それはパーソナルスペースを犯されたくないという本能に根づいていると思われ、とくに恋愛というカテゴリーにおいては、気を許した間柄にしか自身の情報を開示することはないといってもよいでしょう。

 それだけに他人の恋愛事情というものは、逆に興味津々となるわけです。他人に知られたくないことは知りたいという、はなはだ都合の良い矛盾した考え方なのですが、実際そんなもんですよね(苦笑)。

 そしてこの番組は、そんな人間の矛盾した好奇心を見事に突いたわけです。非公開であるはずの恋愛過程をあけすけに公開しウォッチングすることで、視聴者の背徳的な好奇心を満たし、その要望を叶えることに成功しました。

 これによってこの番組は爆発的な人気を得たのだと思います。実際に素人参加者がとるさまざまな行動は、観ている側からすればとても興味深く、野次馬根性ではあるものの、その筋書きのないドラマに一喜一憂したものです。

 そんなドラマがあちらこちらで展開され、それらを30分という尺に凝縮して届けるという番組テンポ、そしてスピード感。それがバブルに浮かれる享楽的な世相と見事にマッチし、このような軽薄ながらも華やいだ番組が成立したのだと思います。

恋愛においての競争・対決要素をふんだんに取り入れた

 恋愛というものは、駆け引きと戦略が伴う競争であるともいえます。狙ったターゲットを得るために、さまざまなアプローチを考え、ベストなタイミングでそれを実行していく。まさに恋のPDCAサイクル(笑)を、いかにうまく回すかという手腕が問われるわけです。

 この番組は参加者のこういった行動を巧みにモニタリングし、派手にピックアップしていくことで、エンディングに向けた番組の盛り上がりを構築していきました。それは番組内容を恋愛ゲーム化し、その勝敗を争うというアングルを視聴者に提供したことになります。

 この方法は見事に視聴者の心に刺さり、番組視聴における感情移入の度合いを増すことになりました。番組視聴という能動的行動に、自主的な熱を入れさせることで、リピーターの確保に成功したわけです。

▲女性を奪い合う男性陣。

 この競争要素による視聴者の好奇心は、番組終盤の“告白タイム”において回収されるわけですが、ここでこの番組が秀逸だったのが、“ちょっと待ったコール”を発明したことです。

 “ちょっと待ったコール”というのは、その名の通り、お目当ての女性がライバルによって先に告白された時、「ちょっと待った~~~っ!!」と手を挙げて大声で叫び、そこに割って入るシステムです(笑)。

▲“ちょっと待ったコール”で割って入ります。

 まあ恋愛だろうとなんだろうと、競合がいればこういった衝突が発生するのは当たり前のことなのでですが、なぜにこれが“発明”だったのでしょうか。

 告白相手の競合という点において、『パンチDEデート』のフィーリングカップルでは、電光掲示板のラインを同時に表示することで視聴者に競合情報を伝えていました。要は“一気見せ”システムです。

▲フィーリングカップルは機械的

 このシステムは結果が一瞬にしてわかるという衝撃とテンポのよさにおいて長所があります。しかしながらそれは最大風力こそ大きいのですが、どこかシステマチックかつ機械的な印象が伴うというきらいがあります。

 これに対して『ねるとん紅鯨団』の“ちょっと待ったコール”は、とても泥臭く人間臭いのです。なぜこのシステムが人間臭いかというと、

  1. 男性の告白
  2. 競合男性の割り込み告白
  3. 男性同士の最終アピールタイム
  4. 女性の返答

というクライマックスへの一連の流れが、機械仕掛けではなく生身の人間のアクションで行われ、それが“恋愛バトル”をよりドラマティックに演出するための、ひじょうにわかりやすいシステムだったからです。

▲ライバルたちとの死闘。
▲恋に敗れて海に走っていく哀れな男性たち(苦笑)。

 ライバルの告白に負けじと、割り込んででも流れを自分に手繰り寄せる行動、それは一人の女性を必死になって男性が奪い合うという、動物的本能の行動でもあります。この生々しさを、そのまま演出として採用したことが視聴者の共感を呼び、この番組が人気番組足り得た要因であると思うわけです。

とんねるずの天才的な素人いじりが発揮された

 そしてなんといっても、この番組を回したとんねるずの力は、かなり影響が大きかったと言わざるを得ません。

 彼らは業界においてはズブの素人である参加者をおいしい存在にするために、彼らをキャラクター化してわかりやすく視聴者に届けるという手法をとりました。

 彼らは番組冒頭に行われる参加男性陣とのからみにおいて、参加者の特技やら近況のヒアリングをし、例えば踊りが上手い山田さんならば“ダンサー山田”といったあだ名をその場で与え、素人参加者をキャラクタライズしていきました。

▲一芸があると必ずいじられます(笑)。

 女性陣に対しては恒例の『タカさんチェック(ノリさんチェック)』を行い、男性視点での面白さを付与した彼女たちのキャラクタライズもしっかりと行っていきます。

▲タカさん恒例の号令で意気上がる男性陣(笑)。

 これによってMCであるとんねるずと参加者、さらには視聴者との距離がグッと縮まり、参加者の普通の行動すらおもしろく、そしてわかりやすくモニタリングできるという下地ができるわけです。

 例えば先ほどの山田さん(あだ名:ダンサー山田)が、意中の相手に近寄ったとします。それをモニタリングしていた石橋が

山田、行けっ、そのまま突っ込め!

と煽るよりは

ダンサーっ、そこで踊るんだ! 踊って「Shall we dance?」って誘うんだ!

と言った方が、番組的には面白いですよね(笑)? このように素人をいじることで、番組は飛躍的に楽しくなるわけです。

 また、モニタリングを行う際、参加者への勝手なアテレコもとんねるずのお家芸でした。事前ヒアリングした情報を駆使して、即興の男女トークを面白おかしくあてがいます。

▲会話映像を抜かれて、勝手にアテレコされます(笑)。

 これがまた抜群のうまさなんですよ(笑)。こういった創作芝居を織り込むことで、視聴者は初見の素人参加者をさらに認識しやすくなり、親近感も増すわけです。このキャラクターのビルドアップが、クライマックスの告白シーンで生きてくるんですね。

 このようなとんねるずの天才的素人いじり芸は、個別に参加者の第一印象のヒアリングを行う時にもいかんなく発揮されていました。

▲素人にも容赦なくツッコミます。

 年齢的にも参加者のやや上である彼らは、ただでさえ緊張している素人参加者に対し、頼りがいのある兄貴分のようなからみをとりました。そのスタンスがまた彼らのいじり芸に拍車をかけ、茶化しながらも番組を親しみやすいものにしていたと思います。

番組独自のフレーズが多々生まれた

 先ほど出た『タカさんチェック』もそうですが、この番組では独自のフレーズが多々生まれました。それらは放送を積み重ねるごとに自然発生したものであり、それをとんねるずが育て上げたわけです。ちなみにどんなものがあったかというと

  • タカさ~~んチェーック!
  • ちょっと待ったコール!
  • ごめんなさい!
  • まさに、大・どん・でん・返し!
  • 彼女(彼氏)いない歴○年
  • ツーショット

といった感じです。“彼女(彼氏)いない歴○年”なんて、現在でも普通に使われる場合がありますよね。この辺の浸透具合で、世間に対する番組やとんねるずの影響力をはかり知ることができると思います。

<番外編>ねるとんね紅鮭団での“あばよ!”伝説

 実は『ねるとん紅鯨団』で一番印象に残っているのは、特番で行われた『ねるとん団』です。

 文字通りこれは正確には『ねるとん紅鯨団』ではなく、内容・企画はそのままに、出演者を芸能人にして行うという、セルフパロディ企画でした。芸能人同士のお見合い企画ということで、ある種禁じ手の企画でしたが、それだけに注目度はハンパなかったと思います。

 そんな企画で大きくハネたのが柳沢慎吾です。彼は3枚目枠で番組に登場し、噛ませ犬的においをプンプンと発散させながら(笑)、フリータイムを過ごします。まさに地中にマグマが溜まってグツグツいっている状態でしょうか。

 そしてそのマグマが爆発するタイミングは、ねるとんの人間臭さが一番あらわれる告白タイムに訪れます。

 彼は意中の女性芸能人に、およそキャラとは似合わないしっとりとしたテイストの告白をしますが、案の定「ごめんなさい!」をされます。お約束です(苦笑)。

 それを見た彼は「そんな…!」と、眉をハの字にしてよろけながら後ずさり、自身が受けたショックを表現します。その芝居がかった哀れなリアクションは、MCであった石橋を含め、視聴者の爆笑を誘います。

 この下りは、柳沢慎吾が芸人としての実力を存分に発揮したシーンだといえます。彼は3枚目という役割をきちんと理解し、その3枚目キャラが2枚目を演じるギャップでまずは視聴者の笑いを引き寄せます。

 そして悲惨な結末を受け、そこに「そんな…!」というすがるような一言をかぶせることで、“2枚目まで演じたのに”という、自身の背伸びした努力が報われなかった虚しさと、あきらめきれない未練を見事に演出。

 この時点で視聴者は、予想できた結末ながらも、彼のピエロ的なコミカルさに思わず笑ってしまうわけです。このあたり、柳沢慎吾の計算し尽くされた自己演出の素晴らしさを感じざるを得ません。

 さらには、彼が去り際に自分をふった女性芸能人に対して放った捨て台詞が、バラエティ番組史に残ってもよいのではないかと思われるくらいの、強烈なワードでした。それが伝説の「あばよ」です(笑)。

 このセンスがありすぎるワードチョイスに、視聴者の腹は完全によじれ、腹筋崩壊を余儀なくさせられました。いやホント、神がかって面白かった記憶があるんですよ(笑)。

 行動自体はただの「ではさようなら」なのですが、それを「あばよ!」と表現した彼のセンスは、天才のそれと言わざるを得ません。「さようなら」の別表現には

  • じゃあな
  • またね
  • さらば
  • バイバイ
  • 失礼しました

などたくさんあるのですが、彼はおよそ日常生活では使われることが稀であり、いざ使用した場合には、芝居がかったバタ臭さを強烈におわせる「あばよ!」を瞬時に選択したわけです。

 しかしこれが意中の女性に選ばれなかった傷心、戦いに敗れた悲哀、衆人環視の元で晒された恥、そしてそれらをやせ我慢して堂々と立ち去るというシチュエーションにベストマッチし、伝説の一言となったわけです。

まとめ

 以上、『ねるとん紅鯨団』の面白さについて分析してみました。皆さんはどう感じたでしょうか。

 この番組以降、“ねるとん”という言葉は、お見合いパーティーや婚活パーティーの代名詞となり、あちこちで“ねるとんパーティー”というフレーズが飛び交うことになりました。下手したら今でも使ったりしているんじゃないかな? さすがにちょっと死語の香りが漂いますけどね(苦笑)。

 そしてこういった光景は、このシステムや演出法が、新たなお見合い文化として日本中に浸透したことをあらわしており、世の中に深く影響を与えたことの証明であるとも感じています。

▲時代は変わっても、このような光景は変わりません。

 いつの世も、一組のカップルが誕生するいきさつは、ドラマに満ち溢れています。みんな真剣で必死です。そんなドラマをバブルという浮かれた世相にあわせてチューニングし、ライトかつポップに味付けしたバラエティ番組。

 軽薄であることは間違いないのですが、私はそんな80年代を象徴するかのようなこの番組のテイストが、すごく好きなんですよね~(笑)。ではまた。

追伸:実は番組で一番惨めなのはふられた男性ではなく、誰からも告白されずに、つねに告白タイムで横に避けていた女性だったと思っています(苦笑)。


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